掌をかえすようだ

手なら尊敬。
額なら友情。
頬なら厚意。
唇なら愛情。
瞼なら憧憬。
掌なら懇願。
腕と首なら欲望。
それ以外は、狂気の沙汰。



どっかの書物で読んだ、何かの詩。
きっとあの蛙はそれをわかりきってやってるんだ。
さーん」
「んー? どしたフラン。そのまま言って」
畜生あの怒りんボス……! 書類の整理を手伝えとかで、テーブルは紙の山。
「構ってくださいー」
「この状況で構えというのか貴様」
「レヴィ先輩みたいなこと言わないでくださいよー」
チェックした印に、右下に筆記体で名前を綴る。ぽん、と私の部隊に振られた印を押して、処理済の書類の山に重ねる。
フランはいつの間にか私の腰掛けているソファに座っていて、そっと私の手を持ち上げて、掌にキスを落とす。(懇願の、キス)
毒舌家で素直になれない彼の、唯一の真っ直ぐな意思表示。
「私がボスに怒られちゃうでしょーが」
「ミーにとばっちりはきませんしー」
「どこまでも自分主義だな」
左手で、という大して威力のないデコピンをフランにかまして、再び右手を動かす。
「構ってくださいー」
「だったらこれ手伝ってよね。そしたら構ったげる」
「やーですー」
子供みたいに駄々をこねられる。ベルでも呼んでやろうかな。
「ベル先輩は呼ばないでくださーい」
「ちっ」
心読まれたか。
話しながらも仕事、仕事。未処理のものより、済んだものの方が多くなってくる。
「もー少しだから待ってて。髪で遊んでていいから」
「じゃあ遠慮なくー」
スクアーロ先輩じゃないけど、それとなく願掛けで伸ばしている髪。
ここヴァリアーの集団に言ったら馬鹿にされることはまず間違いないので、明かしたことはない。(まさかフランとの恋が叶いますように、だなんて)
くだらない事でしか、掛ける願い事なんてない。
「髪、切らないんですかー? 鬱陶しいと思うんですけどー」
「んー、切欠があったら切るよ、」
「きっかけ、ですかー」
最後の1束。………なんだけど。
「っておいいぃぃぃ!!?」
「どーしたんですか」
流石に書類に対して突っ込みをかましているのには驚いたのか、フランは問いかけてくる。
「いや……資料室行かなきゃいけない……最後の最後でこれか……」
くそうあの怒りんボス……! 一番厄介な仕事を押し付けてきやがって……!
しかもこの暗殺任務に行くのがスクアーロ先輩。つまるところ、期限ぎりぎりだと任務に忠実な先輩にキレられる。
「取り敢えずこれ提出してー、これはボスを介さなくても良いな。直接スクアーロ先輩んとこ持ってくか」
「ついてって良いですかー?」
「どーぞ」
「術師で力のないさんじゃ心配ですもんねー」
そう言って、私の頬にキス。(厚意の、キス)
普段から嫌味ばかりのくせに、発言の直後に素直になる。
そう、まるで掌をかえすようで
フランは書類の半分以上を軽々と抱えて、ボスの執務室のある部屋へと足を進める。
「ボス、居らっしゃいますか?」
「あぁ。入れ」
ドア越しに声が聞こえて、重厚な扉を開ける。
「スクアーロの任務の事前調査以外のものは持ってきました。あれはスクアーロに直接渡してもよろしいでしょうか?」
「……あぁ」
「わかりました」
フランもボスの執務机に書類を置いて、しつれーしましたー、と間延びした声を出しながら出て行く。
「じゃあ、失礼します」
軽く頭を下げて、執務室から出る。
しっかり扉を閉めて、資料室へ向かう。
「はあぁ……ボスの部屋は何度行っても緊張する!!」
何なんだろうね! スクアーロ先輩の(しょっちゅう作戦隊長とか任されてるから他よりは上質な)部屋も、結構中は威圧感あるのにね! あぁそうかボスだからか。
「ハイハイご愁傷様でしたー」
「ひどッッ!!」
そんな言葉のあとに、フランは私の手の甲にキス。(尊敬の、キス)
子供を宥めるようだと思いながら歩いていると、資料室に着く。
「んーと、薬学のだね。あれは死亡効果のあるやつだからこれか……」
今回は麻薬やら毒物の密輸を取り押さえて、序でにボンゴレに楯突いてる奴等を潰そうという組織の頭の暗殺任務。
「えーと、これは吸っても平気なやつだね……」
どこで取ってきたのか薬物のリストがあって、それを見ながら注意するものを探していく。
だってあれだよね、流石のスクアーロ先輩も毒にはやられちゃうよね?
フランはといえば、私が机の上に溜めてあとで戻そうと考えていたファイルをのろのろと戻している。
「フラン、別に良いよ? それやんなくても」
「いいんですー。あとでさんにたっぷり構ってもらいますからー」
その為か。
一通りは調べて、スクアーロ先輩の部屋に向かう。
「スクアーロ先輩、居ますかー?」
「あ゛ぁ?」
がちゃ、と音がして、扉が開かれる。
「任務の資料です、薬物の」
「頼んだやつかぁ……わかった。ご苦労だったなぁ、
「いいえ。じゃ、失礼します」
「あ゛ぁ」
先輩の部屋をあとにして、ぼーっと待っていたフランと並んで自室へ向かう。


「さーて、何するの? ベルに幻覚でもかけて遊ぶ?」
「んー、それはやですー。さんが幻覚使えることって、ベル先輩信じてないじゃないですかー」
そりゃあね。すぐ幻覚にかかるし。普通なら幻覚返せよって事になるわけなんだけど、私はそれが苦手。ほら、あるじゃん。音ゲーとかリズム系が苦手なの。
「んー、じゃあ、キスでどれくらい息が持つか試しませんかー?」
壁に押し迫ってそういうこと言うのやめよう? てか顔近い近い!
「フフフフラン!!? そういうのは好きな女の子に言いなさい!!」
動揺のあまりどもる。
「言ってんじゃないですかー、ほんとに鈍感さんですねー」
唇にキスを落とされる。(愛情の、キス)
あぁ、もう。また嫌味を言って、素直になって。
私はフランの掌の上で踊らされているのだと思う。
傷つくようなことを言われて落ちて、かと思えば素直な彼に拾われて。重力に逆らえない私、唯一の足場であるフランの掌。
仕方ないからまた、その上で踊ってあげるよ。



わたしもすきだよ、



そう言ったら、フランはまた私の唇にキスを落として、珍しく笑みを見せてから、いつも通りに楽しかったですよ、また来ますー、と言って出て行った。
もう願掛けは要らない。置いてあった得物の長剣を、持ち上げた髪と首との間に入れる。そのまま、外側に、斜めに刃を滑らせた。手の中に残った長い髪はゴミ箱へ。



「おはよう、フラン」
廊下で見つけたフランに声をかける。返しながら振り返ったフランは少し驚いた素振りを見せて。
「髪、切ったんですかー」
「そう、切欠があったから」
「……うれしーですー」
自分が切欠で良かった、そうフランは呟いた。
「また、伸ばしてくれますかー?」
「良いよ、じゃあ次はフランとの破局にしようか?」
「一生伸ばす気ですねー、、」
願うことじゃないんだけど、破局したら切るのはその通りだよと笑って、フランに愛情のキスをした。
場所は勿論、グリル・パルツァーの詩に則って。



(掌をかえすように私をおとして、あなたはそれから素直になれる?)


(なれますよー、あなたなしではいきられないから)

だからあなたが傍に居てくれるのなら、何だって。





あとがきと言う名の言い訳。
素晴らしい企画ありがとうございます氷室様!
そしてここまで読んでくださった貴女にも精一杯の感謝を。


竜月―Dragon moon― 伊舞双樹(執筆終了:2009/08/03)